2006年07月03日

昭和最後の日

今日お話をしていた中で、「平成生まれの人が・・・」という話になった。
そうなのよね〜 今の高校生って、ちょうど昭和と平成の境目なのよね(ため息)
・・・で、「昭和の最後は何をしてましたか?」と言う話になったわけ。

私の昭和、最後の日はね・・・
ちょうど美貴と渋谷のミナミスポーツで、スキーのグローブを見に行く約束を
していた。
朝いつものごとく(当時開始したばかりの)J-WAVEをつけたところ、聞きなれぬクラッシックが流れている。
「はて?」と思っていたら、どうやら天皇がお隠れになったとのこと。(いいなぁ〜この表現☆)
そのときテレビがあったはずなのに、どうしてテレビをつけなかったのか?ちょっと不思議だけど、今ゆっくりと思い返してみると「OH!エルくらぶ」が騒々しくやっていたのだろう。結局何の情報にもなりゃしない。
でもって、クラッシックを延々と聞きながら待ち合わせの時間まで準備をしていた。

当時三軒茶屋に住んでいた私は、美貴を待って今はなきフランス料理やさん(名前を忘れた)でおしゃれにランチをして、渋谷に向かったわけだけど、何しろ「歌舞楽曲は自粛」でしょ?
車の騒音と人々のざわめきだけ。どこへ行っても何となくいつもと違う。
グローブを買ってLoftへ言ったところで、(これまた今は亡き)小渕さんがLoftのテレビモニターに「平成」という書を持って「で、で〜ん」と登場。
美貴と「平成だって」「なんて読むんだろう?」って話した記憶が。

美貴と別れてから家に帰っても何となく一人でいるのが嫌になって、会社の同期のSくんを誘って多摩センターのボーリング場に出かけた私。
こちらも「歌舞楽曲」がないから、ただただボーリングのボールの音とピンの倒れる音だけが響き渡る。
どこかで歓声が時折聞こえるものの、私達は2人で出かけているので何となく「し〜ん・・・」

ボーリングも飽きて、結局(これまた)同期のY子の家に押しかけることに。
彼女の家に行って急に3人で餃子を作り出した。
彼女の家には(いわゆる)グリル鍋があって、そこで餃子を焼きながら食べたわけだけど、何を思ったのか?作っている最中に彼女は餃子の具材の中にチョコレートを入れたり、その辺にあった梅干を入れたりしていた。
私は当たらなかったけど、なぜか?バツゲームのようにSくんとY子に当たりまくり、「まずい」「結構いける」と大騒ぎをしていた。

結局彼は餃子をたらふく食べて帰り、私は家に帰る気になれなくて彼女の家で一晩明かす。
レンタルCD屋さんに行ってもやっぱり音楽が流れていなかった一種異様な風景と、当時彼女が借りたCDジャケットを不意に思い出してしまった。
・・・こうして私の昭和、終了。


このとき生まれたBabyが、今や高校生!
先日お嬢様の好きな「天才てれびくんMAX」の主要メンバーの生年月日を何気なく見てたら「1995年生まれ」ってのを見つけて、目が点になった私。
あ〜あ、平成どころじゃなくて、「20世紀最後」に生まれた人たちが活躍するのも目前だわ〜
・・・と思っていたら、わがお嬢様が1999年生まれと言うことにハタと気づく。
彼女こそ20世紀最後のお子様だったのだ。

・・・昭和は遠くになりにけり。 20世紀も遠くになりつつありけり・・・
posted by torefoil company owner at 21:08| Comment(2) | TrackBack(0) | 9F 屋根裏部屋 -大切な思い出- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あの日、初めて号外を貰った。

ホテルのトップラウンジでバイトをしていたので、とりあえず行った。
当然、ホテルは開店休業状態。
ホテルの最上階から外を見ると・・
自粛で総てのネオンが消され、
東京の夜が、真っ暗だった・・・。
Posted by みくん at 2006年07月04日 12:13
Mika
 そっか・・・国中上げて真っ暗だったのね。
 昭和最後の日の後悔。「記帳に行けばよかった」ってこと。
 妹に散々言われました。私もそう思う。ああ残念・・・
Posted by しょうこ at 2006年07月04日 22:31
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス: [必須入力]

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/20224728
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。