2006年01月01日

あけましておめでとうございます!

今年2006年が始まる。
いつも家族に囲まれて迎えるお正月だけど、久しぶりにこんなお正月を思い出しました。それは今から1×年前のこと・・・

時は大学4年生。
卒論のことで頭が一杯だったお正月。みなそれぞれに己と戦っていた。
当然私も戦っていた一人で「お正月は帰らない」宣言をし、世田谷のワンルームマンションで(今で言う)引きこもり。卒論のテーマは万葉集の死者へ送る葬送の歌としての挽歌を取り上げていた。(ああ暗い・・・)

そう、確かに暗かった。
大体「さあ!取り掛かろう」とするほどに、気持ちが滅入ってエンジンがかからない。
何でこんなテーマを選んだんだ?とわが身を呪う未熟な私。
それでも時は刻々と過ぎていく・・・

そんな時、とがしから電話がかかる。
「エミとヒロとしょうこと私、在京組でお正月を迎えない?」
あまりにも気が滅入ってしまったため、このお誘いに便乗することに。
今思えばミホやちーなどお馴染みの「とがし常連組」がいたはずなのに、お声がかからなかったところを見ると余裕で帰省していたのかもしれない。

そしてとがしお手製のお正月料理を頂く。
彼女の出身は米沢なので、私の母が作るお正月料理とはちょっと似ている。(母は寒河江市出身・ともに山形なのだ)
そしてエミ(仙台出身)ヒロ(熊本出身)は、「食べたことない〜」「こういう味付けをするんだぁ〜」などと感心しながら食べる。

こういうとき、お互いがそれぞれ余裕を持っているように見えてくるから不思議。楽しいはずの時間がだんだんと私にとって苦痛になってきた。・・・そう、卒論が全く出来てないからだ。
皆の話を聞いていたらすでにペン入れをしているらしく、実は1枚も書いていないのは私だけだということが判明!だんだんと胃が痛くなってきた⇒私。

はい、続きです。

本当であればおいしいはずの正月料理がおいしくない。
ついでに一緒に過ごす時間さえも苦痛になってきた。
・・・そしてついに胃が痛くなってきた。

いたたまれなくなった私はついに言った。
「私、帰る!」
そのとき、青い顔をしていたらしい。(そりゃそうだ)
心配をしてエミも一緒に帰ろうといってくれるものの、楽しんでいるところを無理に一緒に帰ってもらうのも気が引けたし、何より一人になりたかった。
心配してくれる友人達を後に、私は家へと向かう。
どこでもいいから神社に行ってお参りがしたかった。

ふと横を見ると、今まで気づかなかった神社がそこにあった。
すがる思いで鳥居をくぐる。そしてようやく落ち着いてきた。
部屋に戻り、深呼吸をして原稿用紙に取り掛かる。
ようやく清書をはじめたのだった。


その翌日のこと。突然の電話で目が覚めた。
(この頃になると、完全に昼夜が逆転していた)
「私、やっぱり帰ってくるわ」のエミの声。
前日にとんでもない帰り方をした私を気遣ってのことだけど、このときばかりは恨めしかった。「一緒に荷物になって帰りたかった 涙」

そして「寮生時代のドイツ語試験の友」エリからの電話。
だいたい彼女からは、「翌日に××が控えている」という時に限って話し込んでしまうという、これまたとんでもない友人の一人。
軽く1時間くらい話し込んで、ため息をついて原稿用紙に向かう。

もうどうでもよくなってきたし、何よりも目の前のことが夢なのか?現実なのか?その別さえもよくわからなくなっていた。

そしてその当日、忘れもしない4時。
不思議とその日の朝には、晴れやかな気持ちで書きあげることが出来た。
あんまりうれしくて、6時になるのを待って(オートロックだったので、6時前だと締め出されてしまう恐れがあったので)コンビニに向かって走り出していた。
(そういえば当時は24時間営業ではなく、開いているコンビニを探して出かけた記憶があるのだが、定かではない・・)

最後の参考文献を書き込むのに資料が足りず、図書館に立てこもり。
午前中に提出して晴れやかな気持ちでランチに向かう友人達を尻目に、でもどこかしら余裕で提出のときを狙う。どこかでドラマを期待していたのかもしれない。
自分が提出してからはまだの友人を手伝ったりして、みなのドラマの時を見守っていた。
わが人生の中で一番苦しくて忘れられないお正月かもしれない。

もしもそのときコーチングを知っていたら、私は大きく変わっていたと思う。
タイムマシンがあったなら、あのときの自分をコーチしに飛んでいきたい。
22歳の私への精一杯のエールとともに、そのときの私を精一杯認めてあげたい。
後悔はしてないけど、もうちょっと頑張ることが出来たかもね? 笑
posted by torefoil company owner at 00:00| Comment(8) | TrackBack(0) | 9F 屋根裏部屋 -大切な思い出- | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あけまして、おめでとう!

「引越し」というので、驚いて来ました。
ブログのお引越しだったのね。
引越し、おめでとう。

そうそう、「帰省組」でした。
余裕があったとは思えないけど、
東京で一人残って正月をと頑張るほどの意欲がなかっただけかも。
いつでも、休暇が始まると、すぐに帰省していた甘えん坊でしたから。

母の手製の栗きんとんや、丸いお餅を食べたかっただけかもねえ〜。

Posted by ちー at 2006年01月01日 05:41
そうだったんだぁ。
私は、卒論を早々に仕上げて(内容に目をつぶって)劇団の卒業公演の稽古してたわ。
懐かしいなぁ・・。

今年も宜しく!!
Posted by みくん at 2006年01月01日 14:11
あけましておめでとうございます!昨年は大変お世話になりました。ko1先生が今年もコーチングの時間をとってくれますように!!
マツダミヒロさんの本買って読んでみました。明確に答えが出る質問、まったく出ない質問、様々でした。しかし答えが出ている事柄に関しては確かにすっきり行動できている気がします。
とにかく14日から新人戦県大会!よい報告ができるよう頑張ってきます!
Posted by とみぃ at 2006年01月01日 21:55
ちー♪
 おめでとうございます! やっぱり帰省組だったのね〜
 ちーの帰省といえば、「結局金額は変わらないから、だったらたくさんのお菓子や
 お弁当を買い込んで新幹線で帰ったほうがいい」と、うれしそうなちーの顔が
 忘れられません! 時間は飛行機の方が可なり短縮されるだろうに・・・
 も、もしかしてこのときも新幹線帰省だったの?
Posted by しょうこ at 2006年01月03日 00:30
Mika
 おめでとう〜♪今年もよろしく☆
 Mikaの必死の形相って想像できなぁ〜い!
 いつも余裕のマダムでいて欲しい私。卒論時も想像通りでうれしいわぁ。
Posted by しょうこ at 2006年01月03日 00:36
とみぃちゃん!
 おめでとうございます!こちらこそ本当にお世話になりました。
 私の方こそ毎回伺うのが、本当に楽しみでした。
 私もまた皆さんに会いたいです☆アレに限らずお力になれることが
 あれば遠慮なく言ってくださいね♪
 まずは怪我に気をつけて。14日のいい報告をお待ちしています。
 今年もどうぞよろしくお願いいたします。
Posted by しょうこ at 2006年01月03日 00:42
明けましておめでとうございます。
私が大学4年の時はどうだっただろう・・・と
思い出してみました。

卒論は結構頑張ったけど、年末年始はいつも通り家族と過ごしていたと思います。
でも、就職活動は続けていたし、そのせいで卒業旅行計画にも乗れなかったから、あんまり明るい年明けじゃなかったかも〜。(笑)

それは置いといて(^-^;
しょうこさん、今年もよろしくお願いいたします。(^-^)
Posted by ちりりん at 2006年01月04日 21:03
ちりりんさま、いらっしゃいませ♡
 いいなぁ〜年末年始をいつもどおり過ごせたなんて・・・
 思い出したくない年末年始になってますよ〜(苦笑)

 それはさておき、こちらこそどうぞよろしくお願いします〜♪
Posted by しょうこ at 2006年01月04日 21:30
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