2006年09月11日

見えているもの

諸事情は一切割愛した上で話し始めるので、話が「???」のところがあるかもしれないけれど、それはご容赦ください・・・とお断りした上でのお話。

先日お嬢様にある問題をさせた。10×6くらいの点があるのだが、その点を問題と同じように結ばせる、ただそれだけのことなんだけど、それが出来ない。大人から見れば単純な(いわゆる)作業。しかしとにかく出来ない。
自慢じゃないがお嬢様。勉強はそこそこ出来るほうだと思っている。事実、足し算や引き算の問題があると、こちらが何も言わなくともすらすらとやって見せる。しかし、しかしなのだ。点を結ぶ作業をさせると極端にやる気が失せ、目がうつろになり、私の機嫌を伺い始め(「これでいいの?」と聞き始める)、泣きが入る。
どのくらい集中しているか?見ていたところ1分と我慢できなかった様子に、親として正直腹が立った。(ああ、反省あせあせ(飛び散る汗)

正直に言えばやる気が失せる辺りまでは許すことが出来た。「苦手なのね」と受け入れることも出来た。しかし目がうつろになり始め、機嫌を伺い始めた辺りから私のイライラ虫がうずきだした。
「誰のための勉強だと思っているの?」と言う言葉を飲み込んで、「いいからやってご覧」を連発しまくった。(これまた反省あせあせ(飛び散る汗))そして泣きが入った頃になると、私が諦めた。
「じゃあ、また今度やろうね」

そのまま止めようかと思ったけれど、とりあえず次の計算問題を差し出してみた・・・やるんだなぁ〜これが。しかも喜んで。

そんな疑問を抱いていた中で今日、某先生から個人講義を受けるのような、そんな貴重な時間のチャンスを頂いた。
その中で「へぇ〜、へぇ〜、へぇ〜」バシ、バシ、バシ的に感動したことがある。いっぺんに謎が解けた気がした。それは「見えていることしか表現できない」ということだった。


「当たり前じゃん」と思うことなかれ。
先のお嬢様のことを例にしていえば、お嬢様は縦横の線は引いている。(もちろん’イヤイヤ’ながらではあるけれど)引けないのは斜めの線である。
つまり「斜めの線が認識できてない」らしい。

(ここから先は、その先生の受け売りなので「らしい」の伝聞系になるけれど)

子供の初期認知は縦横の線から、といわれているらしい。
なので斜めの線が引けない。そこで「よく見なさい」といわれても、何を見ていいのか?わからない。よって目が泳ぐ。うつろになるところにまた「よく見なさい」と言われるけれど、何のことを言っているのか?わからない。そしてドツボに入る・・・

大切なのは「斜めの線が出ている」と言うことを認識させてあげることだという。ここで大切なのは「教える」のではなく、認識させること。
その関わりが大事なんだという。

・・・かかわり?どこかで聞いたことありませんか?
まさに私が行っていることがそうだということ。へぇ〜、こんなことにも使えるんだ〜と、妙に納得した後に奈落の底に落ち込んだ。「私、子供に出来てないじゃん(=やってないじゃん)・・・」(ド、ド〜〜ン)


撃沈されたけど、身内にはそういう目で見ることが出来ない(使いにくい?特別なスイッチが必要??)という実例を嫌と言うほど体感した私。あ゛〜本当に難しい。

これからやっていこうと思ったときに、先に気付いたのは不幸中の幸い。
お嬢様の得意、不得意を見極めたうえで、効果的に関わっていけるように出来ることから始めようと心に決めた。これからの私たちにご期待ください。
posted by torefoil company owner at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 5F coachの部屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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